毎年、一年の総括を世界選手権の報告書とともに行っているが、今年は世界選手権の代表ではないので、全日本選手権を区切りにして報告書を書く。目的は今年一年の自分のアプローチを書き示すことで自分の中で整理をする。また、来年の世界選手権で過去最高のパフォーマンスを発揮するための指針を示す。
- 【内容】
- (1)2006年デンマーク世界選手権後に思ったこと
- (2)1年(2006年秋以降)のトレーニングの方向性
- (3)それぞれの期間におけるトレーニングおよび生活
- (4)トレーニングについて(30歳以上?の選手向け)
- (5)今後のトレーニングの指針
- (6)1年のトレーニングプラン
- (7)最後に
(1)2006年デンマーク世界選手権後に思ったこと
2006年の世界選手権は精神的にも肉体的にも非常に疲れていた。愛知での世界選手権では地元の利もあり最低限のパフォーマンス(ミドル決勝進出)を発揮した。そんな中で、ある種の燃え尽き感があったと同時に、この先も競技を中心とした生活を続けて行くのか(行けるのか?行けないだろう)という自分の人生に対する漠然とした疑問・不安などがあり、今までのような積極的で高いモチベーションを保つことが難しくなっていた。トレーニング量増加やここ数年間のトレーニングによる疲労の蓄積・故障(具体的には5月に起きたぎっくり腰など)もあって、自分が本当に世界選手権という場に立って戦う資格があるのだろうかという疑問を常に持ち続けていた。
そんな思いから、しばらく(半永久的かもしれない)世界大会へ出場をしないと決め、それを(文書で)チームメイトに伝えた。とにかく、先のことなどまったく考えられなかった。体と心を休める時間が欲しかった。
(2)1年のトレーニングの方向性
1年間のトレーニングの方向性を決定・計画し、それに従ってトレーニングを積むという作業を例年は行っていたが、今年は全く行わなかった。腰の痛みが取れていないこともあり、まずは「トレーニングをしない=体を回復させる」ことを自分に課した。1年の目標は「怪我をしっかり治すこと」「心身の慢性的な疲労から回復すること」「パートナーとの時間を大切にすること」「自分の人生の方向を定めること」であった。
(3)それぞれの期間におけるトレーニングおよび生活
- 秋の大会シーズン(9月〜11月)
社長に1年の使い方を理解してもらい、会社での勤務時間を通常勤務に設定(9:30〜19:00-20:00)し、平日(5日間)のトレーニング時間は3〜4時間へと減らした。早朝に行っていたトレーニングは勤務後に行い、過度な負担をかけるスピードトレーニングは一切中止した。休日はロゲイン運営準備などのため長く動くことは出来た。秋の大会には観光がてら参加し、負荷の高いトレーニングをする日として位置づけた。
■ 平日のトレーニング
・ 帰宅ラン(小手指駅→自宅 約15km(80分) or 稲荷山公園駅→自宅 約9キロ(50分))
・ ジムでトレッドミル(インターバル) or ステップマシン(インターバル)
■ 休日のトレーニング
・ レクロゲインの運営準備
・ 大会参加+長めのウォーミングアップ、クーリングダウン
- 冬のシーズン(12月〜2月)
例年ならばトレーニング期であり、たくさんトレーニングを積む時期である。秋の大会で予想以上によい結果が出たため、トレーニング量を増やしたい誘惑に駆られたが1年の目標を思い出し、トレーニングを控えた。積雪があってからは、地元の裏磐梯でクロスカントリースキーを練習として取り入れた。クロスカントリースキーは膝などの局部にかかる負担が少ないにもかかわらず、上半身も含めた全身運動のため運動負荷を上げやすい。2時間トライアルというタイムトライアルの大会を目標に練習に打ち込んだ。大会に申し込み、目標を明確に設定することは努力のための大きな力になる。
- 春のオリエンテーリングシーズン(3月〜6月)
3月に入り春のシーズンが幕を開けた。冬の時期に脚を休めたおかげか、疲労を抱えずすんなり春のシーズンに入っていけたように思われる。この時期からトレーニング量を元のペースに戻した。ブログで全ての練習を公開し始めたことも理由のひとつだが、他の選手に負けない練習をしたかった。このころから、「完全に体を治す」という目標から「競技レベルを(伸ばすのではなく)保つ」という目標に変えた。
参考レースも含めた世界選手権へのセレクションで日本のトップ選手と同等のパフォーマンスを発揮したことから自分がレベルダウンしていないという自信を得た。
■参考・選考レース結果早大OC大会 ME失格(2位相当)
スプリングカップ ME2位
京葉大会スプリント ME2位
京葉大会ロング ME1位
多摩OL大会 ME2位
ミドル選考会 ME(1位相当タイム)
スプリント選考会 ME3位
- 全日本選手権(6月)
全日本選手権を終えた直後で正確な考察は難しいが、結果は11位と近年まれに見る惨敗であった。ただ、レース全体としてはとてもアグレッシブに走れたと評価している。
(4)トレーニングについて雑感(30歳以上?の選手向け)
「トレーニングを沢山する=競技力が向上する」という図式は、オリエンテーリング界にかかわらず、他のどのスポーツでも一般的に正しいと考えられている。この図式から言えることは、トレーニング量と競技力(パフォーマンス向上)が正の比例関係にあることを想像させるが、物事はそのように単純ではない。
整えられた最高の環境(仕事をせず、トレーニング時間を確保し、栄養士が毎日の献立を考え、食事を作ってくれたり、トレーナーがマッサージを施してくれる環境)にあるのならば、この方程式は成り立つ場合が多いだろう。しかし、その前提自体が成り立たない。選手それぞれのおかれた環境は異なるし、選手それぞれの体の反応も異なる。疲労から回復しやすい選手もいれば、回復しにくい選手もいる。毎日トレーニングすることが体力レベルの向上に結びつく選手もいれば、適度な間隔をあけてトレーニングすることが体力レベルの向上に結びつく選手もいる。自分の特性も含めた周りの環境を客観的に評価してから、トレーニングについて考えなければ「トレーニングを沢山する=競技力が低下する」ともなりかねない。
秋のシーズンはトレーニング量を今までより落とした。しかし、競技力は極端に落ちることはなかった。この点はヒントになる。通常トレーニングを続けていくと、慢性疲労のような状態に陥るが、それが自分は「強くなるための通過儀礼」であると信じて疑わなかった。確かにそれは、ある一定の期間(数日の疲労感)においては正しい。しかし、その期間が長くなってしまう(数週間、数ヶ月の疲労感)ことは明らかにマイナスである。トレーニングを継続するためには、「トレーニングをしたい」というポジティブな気持ちを持ち続けることが大事であるから、疲労回復がもっとも優先させるべきことなのである。そのための指標になるのは起床時心拍数などがあげられるが、もっとも役に立つのは「自分の心の声」であろう(一歩間違うと、ぐうたら生活になる危険性を含むが、トレーニング意欲の強すぎる者ならば必ず役に立つはず)。通常、身体にストレスを与える(トレーニング)と中枢神経系も強く疲弊する。体と心はまさに一心同体で、身体が回復してくると中枢神経系も回復し、トレーニングに対して意欲的な気持ちがわいてくる。
トレーニング量を増やさないことを強調する流れになっているが、私がここで主張したいのはそうではない。自分の枠を広げるため、自分の体力の限界を広げるために、トレーニングが増加必要であることは自明だ。しかし、それはトレーニングも含めたすべての環境の変化を伴わなければならないということを前提にしている。トレーニング量を増やしたいならば、回復時間も増やさせなければならない。また、的確な栄養摂取も必要だろう。体へのケアも増やす必要がある。それらすべてを整えない限り、トレーニング量の増加は幸福な結果をもたらさない。
(5)今後のトレーニングの指針
来年チェコで行われる世界選手権まで、1年しか残されていない。トレーニング量を減らすというアプローチは確かに自分にヒントを与えてくれた。しかし、そのアプローチでは「競技レベルの低下を緩やかにすることは出来るが上昇させることは出来ない」というのが今年一年の結論である。チェコの高速かつタフなテラインを走ることを目標にした場合、トレーニング量を減らすアプローチはとれない。急激なトレーニング量の増加は故障の原因になることは明らかである。ここ数年間500時間強のトレーニング時間をキープできていることから年間550〜600時間のトレーニング量は故障のおきない妥当な数値と思われる。
自分が理想とする状態と現状とのギャップを埋める作業がトレーニングだとすると、以下のようなアプローチが考えられる。
- ミドルの決勝およびリレーの競技時間(40分or60分)をよどみなく走りきれる
- 技術的な部分にまったく問題を感じず、チェコの森に完全にフィットしている
- 地面が硬く走りやすい林や林道を他国の選手と同等のレベル(大助さんの110%程度)で走れる
- 緩い登りではスピードが落ちない
- 常に自分にとってベストなルートを選択できる
- 常に落ち着き、冷静にレース全体をコントロールできる
- 直進の精度が高く、500m以上の直進も5m以内の精度で当てることができる
- 大会期間を通じて、疲労困憊状態に陥ることはなく、常にヘッドアップして走れる
- よどみなく走れるのは40分まで。40分以降は集中力が低下しだれる。
→40分以上の長さのレースペースでのトレーニング(ハーフマラソン?クロカンレース?)を1年を通して経験する(優先度A) - チェコにいったことがないので、まったくわからない
→保留。10月のトレーニングキャンプ以降(優先度C) - トラック5000mでの差は2分弱。
→スピードトレーニングを行う。ただし、最大スピードを上げる負荷の高いトレーニングは直前3ヶ月まで封印し、それまでは筋肉を傷めない程度のスピードトレーニングを行う。ペース走の有効性を見直す。最低スピードの改善。最終的に必要なタイムは5000mを17分に設定。(優先度B) - 調子によってはスピードが落ちることなく走ることが出来る。
→現状維持(優先度C) - 8割方正しいルートを選べる(日本で)。チェコ独特のルートチョイスについてはまだわからない。
→保留(優先度C) - 結果を求めるレースでは、自分自身を的確にコントロールすることが出来る。
→現状維持(優先度C) - 練習段階では強く意識するため精度は高いが、レースになると精度が落ちる傾向がある。正しい手続きを行うことで回避できる。
→現状維持(優先度C) - 連日のレースになると疲労の蓄積が激しい。特に後半はふらふらになりながら走ることが多く、技術的に易しい部分でもミスをしてしまう。
→今年最大の課題。トレーニング期に時間を費やすことで、精神的にも肉体的にもタフな体を作り上げる。(優先度A)
- フォームの矯正(効率のよい、怪我をしないフォームの模索)
→左右の体のバランスや、筋肉・関節の使い方を見直す。意識する。 - トレーニングイベントにお楽しみイベントを必ず絡ませる
→楽しみながら1年間をすごす。他の選手を巻き込み、一緒にトレーニングする機会を増やす。特にナショナルチーム以外の若い選手と同じ時間を共有する機会を増やすことで、意識を引き上げる。日本チームの活動を対外的にアピールする。 - 英語を学習する。
→外国選手とのコミュニケーションはわれわれが思っている以上に重要である。彼らと同じ舞台で戦う選手としての意識を自分に植え付けるためにも。
(6)1年のトレーニングプラン
- 目標レースA 2007年10月14日のCzech meeting
B 2007年3月30日の全日本選手権大会
C 2007年7月中旬のチェコ世界選手権大会
- 目標レースにおける目標
各目標レースにおける目標を設定する。目標は(1)すべてが上手くいったときに達成できる目標、(2)達成できるかどうかがぎりぎりの妥当な目標、(3)最低限達成しなければならない目標、(4)走力の目標とする。
A Czech meeting
(1) トップ比率 115%以内 ミス率5%以下
(2) トップ比率 120%以内 ミス率10%以下
(3) トップ比率 125%以内 ミス率15%以下
(4) 5000mを17分55秒(1キロ当たり3分35秒)
B 全日本選手権大会
(1) 優勝 and 2位比95%
(2) 優勝
(3) 5位以内 or トップ比110%以内
(4) 5000mを17分30秒(1キロ当たり3分30秒)
C チェコ世界選手権大会(ミドル)
(1) 予選通過、決勝20位以内、決勝トップ比110%以内(デンマークミドルでは20位=107%)
(2) 予選通過、決勝30位以内、決勝トップ比115%以内(デンマークミドルでは30位=113%)
(3) 予選通過、決勝40位以内、決勝トップ比120%以内(デンマークミドルでは40位=121%)
(4) 5000mを17分05秒(1キロ当たり3分25秒)
C チェコ世界選手権大会(リレー)
リレーについては現段階では目標値をおかない。
【補足】世界トップの走力を5000m15分と想定する。自分の走力が5000mを18分半(6月時点)とすると走力だけで123%の差がつく。(5000m17分まで上げると走力だけで113%の差)
- 各期間の位置づけとトレーニング量
A、B、Cそれぞれのレースに対する準備期を適応期、蓄積期、安定期にわける。
適応期は大きな大会の直後に位置し、心身のストレスからの回復を狙う。期間は3週間から5週間程度で、秋のオリエンテーリングシーズンは体を十分に回復・適応させる。また準備期の内容を評価し、改善点を次の準備期に生かすための作戦を練る。
蓄積期はトレーニング期とし、強度の低いトレーニングを行う。間に挟んだ回復のための週では体を一度リフレッシュさせる。スピードトレーニングでは心拍レベルを意識した持久走的なものを行う。
安定期はトレーニング期で疲労した体を回復させるとともに、トレーニングの強度を徐々に上げる。トレーニング期で体は十分に疲れているはずなので、いきなり強すぎる負荷を与えない。安定期において体はフレッシュな状態で、週末のオリエンテーリングでは集中した状態での練習を心がける。
(7)最後に
20代前半には全く感じなかったが、20代後半、そして30歳を迎えた今年はすべてをオリエンテーリングに向けることは、いろいろな意味で難しい。(それは、外的要因だけではなく内的要因も大きい。)
私自身は根っからの悲観主義者(人生については楽観主義者だが。。。)で、だからこそ競技に対してストイックに取り組んでこられたといえるかもしれない。今年一年はいろいろな困難を楽しんでみたいと思う。楽しむという言葉は誤解を生むかもしれないが、困難を受け入れ、それを大いに楽しむという積極的な姿勢で1年間を過ごしたい。


