ユースキャンプ’06レポート
ユースキャンプ’06 チーフ 高橋善徳
■ はじめに
若い選手たちに、いろいろな意味での「きっかけ作り」(われわれの意図としては世界を目指してオリエンテーリングを続けて欲しい!)の場を設けるため、ナショナルチーム有志でこの合宿を企画した。当初の予定より参加者数は少なく、運営のぎこちなさもあったが、合宿は非常に実りあるものであったと思う。それは運営者の苦労もさることながら、合宿に参加してくれた参加者が受身でなく、自ら何かを得ようとして参加してくれたからだと思う。そういう意味で、今回合宿に参加してくれた参加者の方々には、感謝したい。そしてもちろん、忙しい時間を割いて合宿の準備をしてくださった運営者の方々お疲れ様を言いたい。簡単にではあるが、今回の合宿の様子を報告したいと思う。
■ 合宿概要
- ○対象:
- 世界を目標にしてオリエンテーリングに取り組んでいこうとする選手
結果的に「インカレに向けてのトレーニングや気持ちの面での刺激」を求める参加者や「卒業後のオリエンテーリングとの付き合い方についての悩み解決」などのニーズにも応えられるような合宿になった。 - ○トレーニングメニュー:
- ナショナルチームのオーソドックスなトレーニングメニューの縮小版(難易度は高い)
- ・1日目:コンパストレーニング、メモリーO、トレイルランニング
- ・2日目:ダウンヒルコントロールピッキング、インターバルO
- ○ナイトメニュー:
- ロブ・プロウライト、田島利佳、皆川美紀子、鹿島田浩二によるレクチャー
- ○参加者数:
- 東北大学(2名)、宮城学院女子大学(1名)、日本女子大学(1名)、奈良女子大学(3名)、京都大学(2名)、大学院生(3名)、社会人(2名)
- ○コーチ:
- 鹿島田浩二、加納尚子、田島利佳、松澤俊行、元木友子、高橋善徳、紺野俊介、ロブ・プロウライト(以上8名)
- ○宿舎:
- 朝霧高原青少年自然の家
■ レポート
1月28日(土)(合宿1日目)
ユース合宿’06はやや硬い面持ちで始まった。「世界を目指して」といううたい文句が敷居の高さを感じさせてしまったのか?はたまた、インカレの準備やテストに追われる時期だからか、参加者の数は非常に少ないものだった。見知った顔でではあったが、いつもよりも若干硬い参加者達の表情に、運営者側も「有意義な合宿にしよう!」という気持ちを新たにする瞬間であった。 昼のメニューは、ナショナルチームのテクニカルコーチである、ロブ・プロウライトさんが作ったメニューで、はじめに行ったのはコンパストレーニング。テニスや野球では基本技術を習得するために「反復練習」が非常に重要である。しかし、オリエンテーリングとなると一つの技術を取り出して反復練習することはまれだ。本当は出来ないのにできる気になってしまう。または、苦手意識があるからやらない。それでは、自分のスキルを向上させることは出来ない。直進の技術を確立するために、コントロール周り以外の情報は白抜きになっているコリドアOという練習を行った。日頃日本のテラインに慣れ親しんでいる私達は、直進を長い区間行うことが少ないので多くの選手が苦労したようだ。このように、自分の弱点を克服し、「できるという自信」を積み重ねていくことがレベルアップのためには必要なのだ。

【コンパストレーニングで使用した地図】
次に行ったトレーニングはメモリーOL。1レッグ全体についてプランニングし、それをメモリーして地図なしで走るトレーニングである。このトレーニングは情報の単純化にとても有効なトレーニングでありもっともっと行われるべきであろう。メモリーといっても、丸暗記トレーニングではない。重要なのは
- 1.プランニングすること
- 2.単純化すること(わかりやすい情報だけをセレクトすること)
- 3.単純化した地図を頭の中で思い描くこと

【右:単純化されたイメージマップ】
そして次の人は下のような単純化された地図を使ってオリエンテーリングをしなければならないのである!非常にスリリングな体験だったが地図に描いてある情報を取捨選択することの重要性を参加者は感じ取ったようだ。
最後のメニューは山の中を走る様子をビデオに収めるものだった。私達は日頃何気なく山の中を走っている。あまりにも当然なことで、「どうしてあの人は速く走しれるのだろう?」、「どうして長く走れるのだろう?」などと強く意識することは少ないのではないだろうか?このメニューの目的は、効率のいい走り方やエリート選手との自分の違いなどを学ぶことにある。ロブさんからは、「頭の位置を安定させること」「遠くを見ること」「怖がらないこと」などのアドバイスを受けた。
昼のメニューが終わり、今回の宿舎である朝霧高原青少年自然の家に向かう。非常に天気がよく、朝霧高原までの国道では富士山が雄大に参加者を迎えてくれた。
宿舎に着くと、まず初めに入所式があった。寒空の下ユニークな職員さんの説明を受けていよいよ入館。この施設は約10年前に改築したらしく非常にきれいで快適であった。食事に関してはトレーニングをしてきたわれわれにとって少々物足りない感もあったが冷暖房完備や羽毛布団など、寒さ対策万全で満足度は非常に高かった。テラインからのアクセスに多少難があるが学生にもお勧めの宿だ。
夕食後はいよいよ合宿の目玉であるナイトメニューが始まる。はじめのレクチャーはロブ・プロウライトさんによるもので、内容は@昼のメニューの解説、A来年のユニバーシアードについて、B世界のジュニア選手の3つについて行われた。
非常に興味深かったのは世界のジュニア選手についてのレクチャー。言わずと知れたオリエンテーリング大国スウェーデンの話から始まり、それと比較して彼の母国であるオーストラリアや、日本の若手の選手について話が及んでいった。オーストラリアはオリエンテーリングがとても盛んな国というわけではない。マイナースポーツの一つであるし、環境的にもスウェーデンとは程遠い。しかし、近年オーストラリアの選手たちの活躍には目を見張るものがある。昨年のジュニアの世界選手権ではオーストラリアの選手が3位入賞を果たしているし、日本で行われた世界選手権でも6位入賞という快挙を成し遂げている。ロブさんは「彼らが出来るのだから、日本も出来るはずだ」というのだ。日本では、オリエンテーリングを始めるのは大学生がほとんどである。だからジュニア世界選手権で結果が出せないのは当然だし、それで悲観することは全く無い。ジュニアでのステップは次のユニバーシアード、またシニアの世界選手権に必ずつながるはずだからだ。世界選手権を通して日本にも精度の高い地図が沢山作られた。コースセッティングも技術も上がって来ている。環境は整いつつあるのだ。ロブさんのメッセージは若い選手たちに、自信と勇気を与えるものだった。
【視聴覚室の大画面で講義を受ける】
次は田島利佳さんの「私とオリエンテーリング〜世界を目指して〜」という題名のレクチャー。自分自身の人生、そしてオリエンテーリングとのかかわり方について、秘蔵(?)写真も飛び出しながらも深く突っ込んだ話が聞けたのではないだろうか。
長いことオリエンテーリングをやってきている田島さんだが、数年前に大きなターニングポイントがあり、それを転機にしてトレーニングに取り組む姿勢に変化があったところが興味深かった。ナショナルチームの選手だからといって、はじめから本気で世界を目指していたわけではないようだ。ちょっとしたきっかけによって心が大きく揺さぶられ、そして気持ちの整理をつけてきた人が多いのかもしれない。参加者にとってこの合宿が心の刺激になり、きっかけになってくれればいいと切に願う。 また、本気でやろうと思った場合の周りの環境との付き合い方(コミットメント=約束、公約)の大切さについても強調していた。何かを本気で成し遂げようと思ったら周りの協力も必要だし、環境を作っていくことや選んでいくことも必要なことであろう。田島さんの言っていたこのことこそ、もしかしたら、世界を目指す選手にとって一番大切な部分なのかもしれません。
アンケートの中で「田島さんのレクチャーを聞いて勇気と元気が湧いてきた」という感想があった。学生を卒業し、オリエンテーリングとの付き合いかたや取り組み方に悩む参加者達にとって、田島さんのレクチャーは大きな意味をもっただろうと思う。

【オリエンテーリングから一度離れた経験を持つ田島さんに、そのときの心境などの質問が飛ぶ】
3番目は皆川美紀子さんの「世界へはばたけ!」という題名のレクチャーだった。資料はグラフあり、アニメーションありの見た目にも飽きの来ない完成度の高いものだったと思う。内容もインカレから世界選手権までを自分の体験を絡めながら、わかりやすくまとめられていて参加者も熱いまなざしで聞き入っていた。資料のあちらこちらに格言的なものがちりばめられており、心に突き刺さる格言を参加者一人ひとりが見つけられたのではないだろうか?私は、著名人が発したそれらの格言よりも、皆川さんのモットーである「自分で限界を決めるな。実現する第1歩は夢を見ることである。自分の決断を信じろ!」という言葉が非常に印象に残った。皆川さんは学生時代にもインカレで活躍した選手だが、卒業後大学院生でありながらいまやナショナルチームの中でもトップ選手にまで成長した選手である。たった2年でここまで変化したその背景には、もちろんいろいろな要因があるだろうが、このような「熱い気持ち」が潜んでいたのだと思う。情熱という力が彼女をここまで引き上げたのかもしれない。
【熱心に話しに聞き入る参加者】
時間の関係で場所を移し鹿島田浩二さんのレクチャー「HRMを使ったトレーニング〜エリートはなぜHRMを使うのか〜」が行われた。HRM(ハートレートモニター)というのは心拍計ことである。2005年に愛知で行われた世界選手権で約3割の選手がHRMを使用していたようだ(残り3割は、普通のラップ時計。残り4割は何もしていない)。実は、今回の合宿で参加者にHRMを装着してもらい自分のオリエンテーリング中の心拍数を観察してもらっていた。
左のグラフはある参加選手の心拍グラフ(上)と標高グラフ(下)である。心拍数の上下動からその選手がミスをしたかどうか、もっと速く走れる可能性があるかどうかなどが推測できるのだ。心拍グラフの中央の台地状になっている部分がオリエンテーリング中の心拍数である。この選手の場合、上手くいったレッグでは心拍数を高いレベルで維持できているので自分の持っている体力レベルをダイレクトにタイムにつなげられるタイプだと思われる。しかしながら、心拍数の落ち込み部分で大きなミスをしているとも考えられ、ミスの可能性を回避するようなルート取りやプランニング(単純化など)をすることによって劇的に速くなる可能性を秘めている。

【スントのX6というHRMを使った場合の解析画面】

【ナショナルチームの現役選手も参考になる話だった】
このようにレース中の心拍数を観察することによるメリットもあるが、鹿島田さんのレクチャーでは毎日のトレーニングにHRMを生かす方法をメインに解説していた。高価なものだが使いこなせれば非常に心強いトレーニングのアイテムになると思う。
ただし、HRMは速くなるための魔法の道具ではない。根底には自分のトレーニングを管理したり、客観的に評価したり、目標までのトレーニング計画を考えるという部分がある。トレーニング記録すらつけていない人は、まずトレーニング日誌を作ってみることが必要だろう。毎日の記録をつけ、計画性を持ってトレーニングしていくことこそ重要なことなのだ。1年間のトレーニング日誌がつけ終わったあとの充実感といったら言葉では言い表せないほどだ。これもまた、トレーニングを続けていくことのモチベーションになるのである。
レクチャーが終わった後は、参加者とコーチの雑談のような懇談会が行われた。しかし、風呂や寝室でこういう雑談が出来ることこそ、この合宿のメリットではないだろうか。人間は知らないものには恐怖や不安を感じるものだ。いろんな情報を仕入れたり体験したりすることによって、世界は広がりそして大きくなるのだと思う。
1月29日(日)(合宿2日目)
合宿といえば朝練。しかし、ただ走るだけでは面白くない。ということで長縄跳びをした。「長縄跳びなんてトレーニングじゃない。そんなの子供の遊びだ」と思う人もいるかもしれない。確かに、このような補助的なトレーニングはトレーニングのメインにはなりえない。しかし、このような遊びは心肺機能への負荷が割りと高く、飛び跳ねる動作もあるため瞬発系のトレーニングとしてはとても意味がある。オリエンテーリングは地面の角度も一定ではないし、足場の悪いところを走ることも少なくない。童心に返って気持ちをフレッシュさせることができるという利点もあるのだ。球技や、縄跳びなど走るトレーニングに飽きてしまった時はこのようなトレーニングを取り入れるのも重要である。補助的なトレーニングを上手く取り入れることによって、強く、しなやかな走りが出来るようになるだろう。そういう走りこそ、オリエンテーリングで最も必要とされる走りなのではないだろうか。
2日目のメニューはダウンヒル基調でスピードを出すトレーニングが行われた。日本ではキロ当たり9〜10分程度のレースが大半を占める。比較的平らな富士のテラインでもキロ当たり7分くらいが限界である。しかし、世界レベルのトップ選手はキロ当たり5〜6分でオリエンテーリングをする実力を持っている。そんな状態を体験するためのダウンヒルトレーニングである。のぼりが少ないので体力的な部分をカバーすることができ、スピードが出るため速く・高度なナビゲーション技術が求められる。
ダウンヒルに続いてインターバルOが行われた。選手の実力はまちまちだが、思いのほか走れる選手が多く、これについてはコーチ側も「こんなに速い選手が沢山いるのか!」と非常に驚いていた。技術的に高いレベルにあり速いナビゲーションが出来る選手でも、リレーでは周りとペースあわせることを重要視してしまうため、学生同士の練習ではその実力が隠れてしまっていることも多いようだ。そういう選手こそ、積極的に自分よりも速い選手のいる合宿に参加すると良いのではないだろうか。刺激も得られるし、何より自分はできるという自信につながるに違いない。
こうして、初めての試みであったユースキャンプは終了した。トレーニングを終えた後の参加者達の充実した顔を見るにつけ、この合宿を開いてよかった心底感じた。アンケートの内容を見てみると、レクチャー部分に興味を持ってくれた人が多いようだった。私は講師陣たちのメッセージが伝わったからだと感じている。「オリエンテーリングが好き」「卒業した後も速くなりたい」そんな素直な気持ちに対して、自信を持って欲しい。オリエンテーリングが生活の手段になることは無いかもしれない、プロとしてやれることは無いかもしれない。しかし、オリエンテーリングを通じて得るものは沢山あるはずだ。そういった人生のスパイスに凝ってみたっていいじゃないか。。。
最後に、この合宿に参加してくれた皆さんありがとう。数年後にあなた達の中から講師としてこの場に立つ人が出てくることを期待している。
【合宿に参加してくれた皆と】
