0 はじめに
待ちに待った日本での世界選手権が開催された.私自身この世界選手権に日本代表選手として出場することが出来たことをとてもうれしく,そして誇らしく思う.思えば2000年末のジュニア合宿にビョルナー,ハンネ(当時の世界選手権チャンピオン)を招聘したときの講演で「オリエンテーリングのトップ選手としてやっていける期間というものは,人生の本当に短い間だけなのだ」という言葉を聞いたところが自分のオリエンティアとしての岐路であった.その当時,世界選手権日本誘致が決定しており,あと5年後,自分は28歳.選手として油が乗った状態だ.俺がやらなきゃ誰がやる!20代はオリエンテーリングにかけてみよう.そう決意したことを覚えている.
その決意から5年.とうとう世界選手権がやってきた.選手だけではなく,運営のかたがたにとってもこの5年は長くそして苦労が絶えない5年間だったと思う.しかしながら,世界選手権は大成功に終わり,日本に運営のノウハウやすばらしく精度の高い地図をもたらしてくれた.本当の意味で世界選手権が大成功に終わったかどうかを判断するのは,今後の私たちの活動にかかっている.
この報告書は,過去5年間をさかのぼり自分の体力的・技術的な改善状況について考察する.大学4年でインカレチャンピオンになった自分がどのようにしてレベルアップしてきたかの過程を記したいと思う.そしてその集大成である今年の世界選手権の結果を分析し,来年以降のトレーニングについての指針を述べる.また,日本チームとしての展望についても触れたいと思う.
〈報告書の構成〉
1 過去5年間を振り返って
1.1 2000年からの体力トレーニングの推移
2001年の8月15日〜2005年の8月14日(4年間)のそれぞれの年のトレーニング時間の推移は以下のようになっている.| 期間 | 時間 | 身分 | 主な出来事 | 生活の拠点 |
| [1] 2001/8/15 -2002/8/14 | 380 | 大学院→教員 | WOC(フィンランド)出場, ユニバー(ブルガリア)出場 | つくば市 |
| [2] 2002/8/15 -2003/8/14 | 400 | 教員→無職 | WOC(スイス)出場, 長期海外遠征(4〜8月) | つくば市,Finland |
| [3] 2003/8/15 -2004/8/14 | 534 | 教員(非常勤) | WOC(スウェーデン)出場, 福島での教員生活 | つくば市,白河市 |
| [4] 2004/8/15 -2005/8/14 | 480 | 教員→会社員 | WOC(日本)出場, 民間の企業へ再就職 | 白河市,飯能市 |
各期間について
[0] 大学を卒業して大学院に進学した.トレーニングメニューは大学時代の延長であり,火曜日:筑波山登り+LSD,木曜日:スピードトレーニングを柱にすえていた.OLは合宿やレースが中心であった.時間に余裕があったのだが,練習時間は長くて2時間.普段の練習は走ることが中心であった.筋トレは行っていたが週1日のペースにとどまっていた.
[1] 大学院を卒業し就職1年目の年であった.大学院時代のメニューを踏襲しようと試みたが,仕事とトレーニングのバランスがとれず,「トレーニングはしているけれども一向に体力・走力向上の兆しが無い」という状態であった.常に疲れを感じている状態であり,ユニバーも散々な結果しか出せず,失意のどん底を味わった.このころのトレーニングでは,いたずらに量を増やそうという意識が高く,毎日2回朝夕トレーニングしなければならない.という強迫観念の元トレーニングをこなしていた.体力的な不安要素は技術的な問題に直結すると言うことを学んだのもこの頃であった.
[2] 仕事に慣れてきてからは,「いかにして毎日のトレーニングを自己満足のトレーニングにしないか」をコンセプトにしてメニューを組むように心がけた.このころから練習にはっきりとした波を設け,やるときは高い強度と量で,やらないときは短いジョギングだけという現在のトレーニングの原型が出来上がった.また,2003年4月に退職しフィンランドでの約3カ月におよぶ長期遠征行った.この遠征を通してトレーニングの方法を現地の文献などを頼りに調べ上げ,トレーニングを時間と強度で管理すると言う方法を明確に意識しだした.具体的な方法は前々回の報告書(長期海外遠征報告書)に譲る.スイスでの世界選手権は,長期海外遠征のフィナーレであったが,2回目の遠征にして予選ボーダー落ちと悔しいが実りある成果を出すことが出来た.
[3] フィンランドでのトレーニングを元にして,秋は体作りにいそしんだ.このころ自転車やサッカー(60キロほど離れた大会に自転車で行ったり,現役生とのトレーニングが終わったあとに体力の残っている上級生とサッカーをしたり)をトレーニングとして積極的に取り入れていった.これらは,OLに必要な心肺機能を鍛え,OL中に使う左右への動きを鍛錬する絶好の方法であった.2004年4月からは福島県白河市に移り住み今までと異なる孤独な練習環境に愕然とする.遠征にかかる費用や移動による心身への負担はOLをやめてしまいたいという欲求(詳細は2004年の報告書に譲る)へと変わっていった.白河では,自転車やサッカーのトレーニングなどは出来なかったが,山の中の起伏のある山道を強度に変化をつけて走るという練習方法を実践して体力レベルを保つことが出来た.月曜日が休みだったので,土日は強度の高いOLのトレーニングを数多く行い,メリハリをさらに強めたトレーニング方法をとった.
[4] 秋以降は,ヘッドランプを用いたトレーニングが主になった.12月になると積雪により山の中でのトレーニングが困難になった.ピン付きOLシューズをはいてトレーニングする毎日で一人では強度の高いトレーニングをすることが出来なくなってしまった.このことによって,運動能力が落ちてしまい,OLも精細を欠いていった.4月からは飯能に活動の拠点を移し,世界選手権は数ヵ月後に迫ってきてはいたが,あせらずじっくりと身体を作った.主に山でのトレーニングが主であったが,ジムも利用し水泳やバイクなど様々な動きをとおして運動能力を回復させていった.
トレーニング時間の推移を見ると,2003年の長期海外遠征後の秋以降のトレーニング量が増大しており,その分WOC2004年の年のトレーニング時間が多くなっている.これは,長期海外遠征の時に仕入れたトレーニング方法(体力づくりの期間は自転車,サッカーなどでとにかく身体を動かす)を実践した結果であり,事実この年の秋はかなり良く動けたと思う.昨年のWOCから480時間とかなり時間が少なくなってきている印象があるが,これは冬の期間積雪のために十分なトレーニングが出来なかったこと,また,首都圏に活動の場所を移したことによる心理的・身体的ストレス(今までよりも倍「歩く」生活)によるもので,歩いた時間を合わせると530時間になる.
トレーニング時間の増加とともに,競技力が向上してきていることは間違いない.2003年秋のシーズン,2004年春のシーズンは国内において敵なしな状態であったのは2003年秋のトレーニングが実を結んだものと思われる.よって,今後自転車や球技などを活用してしっかりと体を作り直す必要性を感じる.世界選手権はふだんの大会と異なり,予選を通過して決勝を走るという形式がとられているので,1種目のエントリーでも2レース走りきれなければならない.2種目ならば4レース,リレーを入れれば5レースを完全に走りきれるタフさを身に付ける必要がある.来年のデンマークを見越した上でのトレーニングを組み立てるとするならば,最低でも600時間のトレーニング量を確保する必要性があるだろう.
1.2 2000年からの技術トレーニングの経緯
私は2000年に富士で行われたワールドカップが世界戦初舞台であったが,そのころは学生時代のオリエンテーリングの延長であった.それは,OLの基本的なルーチンを確実にこなし,ミスを極力少なくして走るという方法で,学生内で基礎体力レベルの高かった自分にとってクラシック競技で優勝するための確実な方法であった.しかし,国際大会への参加が増えるにしたがって,自分のスピードの無さ,体力の無さを痛感し,それに伴って速いスピードの中で安定したオリエンテーリングをする事への興味が高まった.
その方法が具体的に実践されてきたのは,イーキスが日本のコーチとして招聘された2002年の冬頃からだったと思われる.フィンランドに限らず,北欧ではリレー競技が盛んだ.彼らはOLが競走であると認識しており,他人を使ってスピードアップし,自分のOLスピードの底を上げるようなトレーニング方法を沢山知っていた.イーキスの協力によって日本のナショナルチームが高速化したといっても過言ではない.
ナショナルチームのトレーニングメニューについて,今までは1日15キロのメニューをこなす(量的に多いだけ)のが当たり前だった.しかし短い距離でもいいから,より速いオリエンテーリングを実現しようという方向性に変わってきた.速いオリエンテーリングをしながら量も補ってしまおうとするチェイシングインターバルなどは最たる例であろう.目的は一人でOLをしているときには出せないようなスピードを出すことだが,それによって自分のOLスピードの底を上げることが出来る.ベースのOLスピードを改善することによってワンランク上の技術の改善が可能になる.
一方,国際大会で結果を出すためには,「いつも通り」のレースをすることが重要だ.結果を求めるあまり,いつもよりもハイペースで走ったり手続きを省略したりすると大きなミスを犯してしまう.勘違いしていけないのは,気持ちの上で攻めるのは練習であり,本番では練習の通りに走ればいい.それがそのまま攻めていることにつながるからだ.一人のトレーニングでスピードを改善していくことはなかなか難しい,今後集団でのトレーニングの重要性はますます高まるのではないかと思う.
*チェイシングインターバル:基本はマススタートのOL練習.1キロ程度のコースが4〜5本ありそれぞれをジョグでつなぐ.マススタートのOL区間は最大のスピードで走り,ジョグ区間で回復させることを繰り返す.リレーの練習にも最適.
2 1年間の準備
2.1 2004年スウェーデンでの世界選手権後のトレーニング
昨年は11月にPWT(パーク・ワールド・ツアー),WRE(ワールド・ランキング・イベント)があったこともあり,11月に量的なものを積むことが出来なかった.12月になると白河にも積雪があり,何とかトレーニングはしていたものの十分な量を確保できていたかは怪しい.また,ほとんどのトレーニングを一人で行っていたため,質的に追い込む度合いが低かったことは否めない.やはり一緒に頑張る仲間がいるということは大きな財産だと思う.また,疲れへの対処を確実に行うことも出来なかったと思う.冬の間は夏ほど疲れを感じないだけに疲れが蓄積しやすい.仮に疲れを感じることが無くても,2ヶ月に一度はかかりつけの病院なり,指圧師にお世話になるべきであった.疲れを感じ始めたときは,もう手遅れになっていることも少なくないからだ.
| 月 | 目的 | 主な大会 | トレーニング量 |
| 10月 | クラブカップ, 山岳耐久レース, 岩手大大会, 日光インカレ試走 | 39:31 | |
| 11月 | PWT(愛知,中国), WRE(愛知), 合宿(愛知), 合宿(宮城) | 39:11 | |
| 12月 | 筑波大大会, 千葉大大会, 合宿 | 52:11 | |
| 1月 | 全日本リレー, 合宿(日光), 合宿(愛知) | 52:03 | |
| 2月 | 合宿(日光), 早大OC大会, 合宿(静岡), 合宿(埼玉) | 40:44 | |
| 3月 | 相模公園, 日光IC, 全日本選手権 | 36:34 | |
| 4月 | 東大春場所, 参考レース(スプリント), 入間大会 | 37:46 | |
| 5月 | ワールドカップ(イギリス), 東京OL大会,合宿(愛知), ロゲイン | 41:19 | |
| 6月 | 東大大会, 合宿(愛知), 合宿(愛知) | 37:13 | |
| 7月 | 高尾陣馬, スプリントセレ, ミドルセレ, リレーセレ, 合宿(三重) | 34:00 | |
| 8月 | 合宿(愛知), WOC本番 | −−− |
3月末から5月までが第一のレース期であったわけだが,この期間は体が言うことを聞いてくれなかった.新しい環境に適応するために時間がかかっていたのかもしれない.マラニックに行ったときに杉山さんに「あせらずじっくり作っていけばいい」と言われたときには,埼玉に移ってすぐに結果を求めたがっていた自分をいさめてくれている様な気がしてうれしかった.
5月からは,当初の予定通りのメニューをこなすことが出来て体調も改善していった.自分のイメージ通りに体が動くということは大変すばらしいことだ.ジム通いなどもはじめていたが,有効に使えていたとは言いがたい.このあたりは再考の余地がある.今回の準備で一番気をつけたことは疲れへのマネジメントであった.なれない環境で生活をはじめること自体大きなストレスであり体力面・精神面への負担が大きい.首都圏は白河より暑いことも想像できたので,自分の体調を優先させ,疲れきることの無いようにメニューを組んだ.4月のスプリントの選考会以後,自衛隊体育学校の教官である和泉さんに体力トレーニング面でのアドバイスを求めた.1週間に1回定期的に加賀屋コーチと和泉さんに自分のトレーニングを評価してもらい,アドバイスをいただいたことは,トレーニングと体調を他者の目から客観的に評価してもらうことが出来たので良かった.渋谷でのスピードトレーニングが行えたことも首都圏に住むことのメリットだと感じている.
技術的には,まったく心配していなかった.それよりも,体力的な部分でレベルアップしなければという考えがあったように思う.だからこそ体力的な改善が見られず,むしろ下降傾向があるように感じられたときは,気分が良くなかった.
2.2 典型的な1週間のすごし方
2.3 直前のプラン(特に5月〜8月)
5月にイギリスでのワールドカップに参戦して,イーキスと面談を行う機会を得た.ロングに関してトレーニングが十分に行えていないと言う指摘を受けた.自分自身も海外の選手と同じ土俵に上がっている気がしなかった.仮にミスを0%にしても決勝で結果を残すことが出来ないばかりか,予選も通過することも出来ないという結論に達した.そこで,大まかなトレーニングを練り直した.イーキスの指示はかなり詳細であった.OLやトレーニングの量と質とのバランスをグラフで表したもの(図)がそれだが,量の変化曲線に対し,質の変化曲線は非常にわかりやすい.目指す大会に近づくにつれて,「集中してOLをやる.だらだらやらない」がメインになってくる.事実世界選手権の2週間前である三重県の青山高原での合宿はロング対策で非常に長い時間のOLトレーニングがあったのだが,その合宿でイーキスは「トレーニングとしてOLをやるのはこの合宿が最後だ.あと2週間は『トレーニング』ではない,『確認作業』だ」と言っていた.
| 鍛錬期:OLなど量的に増やす | |
| 回復期:軽めに過ごして回復(リラックス) | |
| 鍛錬期:OLなど量的に増やす | |
| 回復期:軽めに過ごして回復(リラックス) | |
| 調整期:量をふやすがOLをやるときは,集中して行う.だらだらOLはやらない | |
| レース期:テーパリングを行い結果を出す | |
| 鍛錬期:多くトレーニングを行うがハードなトレーニングは減らす | |
| 調整期+レース期:テーパリングを行う | |
3 世界選手権本番
3.1 世界選手権期間中の動き
世界選手権期間中(直前のトレーニングキャンプから)は,長いレースは一切行わず,長くても20分くらいで終了するようなコースを用意してもらった.世界選手権直前や世界選手権期間中は上手くなる・速くなるためにトレーニングをしても仕方が無いので,OLの良い感覚を自分で整理して感じ取れればいいとイーキスにしつこく言われていた.私が参加してきた日本チームの世界への挑戦のなかで一番量が少ない調整だった.この調整により世界選手権を身体的にも精神的にもフレッシュな状態で迎えることが出来た.気持ちの面では,いつもの合宿と大差ない非常にリラックスした雰囲気を持ち込めたのではないかと思う.
3.2 各レースについての反省
世界選手権期間中のレースについての目標は,「日本でやっている普通のパフォーマンスをすること」であった.世界選手権などの大きな大会になると,気持ちが高揚していつもよりも数段上のパフォーマンスをしなければならないと考えがちだが,それは間違っている.いつもやっていること以上のパフォーマンスは,体力的な側面ならいざ知らず,技術面でそれが起こることは無い(リレーは除く).えてして走りすぎて自分の技術でコントロールできない以上のスピードが出てしまい,大きなミス(ルートチョイスミスなども含む)をしてしまう.後で冷静になって考えてみると,どうしてこんな馬鹿なことをしてしまったのだと思うが,そういう心理状態に置かれてしまっては,ミスをすることが必然なのだ.このことを防ぐために普段の合宿のレースをイメージし,自分を冷静にコントロールするということを目標の中心にすえてレースをこなした.(もちろん具体的な課題は別に設定)
●ミドル予選【15位(予選通過)トップ比123% ミス率8.8 巡航速度112】
今回の世界選手権初めてのレースであったが,ほぼ完全にコントロールできたといってもいいだろう.8ポで約1分のミスをしてしまい,結果的に15位のボーダー通過であったが,仮にその1分を除くと10位での予選通過であった.トップ比120前後はコンスタントに出すことが可能になってきていると実感できる.
●ロング予選【16位(予選不通過) トップ比119% ミス率13.2 巡航速度115】
ミドルの翌日のレースであり,多少疲れは感じていたものの我慢のレースは出来ていたと思う.ビジュアル通過後のラス前のコントロールで約1分のミスをしてボーダー落ちという結果になった.夏の暑さの中での70分越えのレースのせいか,頭が朦朧としていたことがミスをよんでしまったのではないかと思う.ラス前まで14位であったので予選通過はほぼ確実な位置にいただけに残念なものとなった.ただ,逆に言うとあれだけのレースをしておいてこのポジティブな結果が出るということに対しては,自信を持つことができた.前日ミドルを走っている外国人選手はほとんどいなかったが,仮に自分もそういう立場であったらかなり良い順位で予選を通過できたのではないかという気持ちもある.
●ミドル決勝【39位 トップ比 135%】
ミドル・ロングの予選を走り多少疲れはあった.平地や下りは走れるのだが,登りがまったく走れなかった.それでもOLをコントロールすることは出来た.3ポで紺野選手と同じようなミスをしている.3分のミスは非常に大きい.なぜにそこまでミスを広げてしまったのかというと,「あると確信してアタックしたとき,コントロールが見つからなかったときの動き」について考えていなかったからだ.決勝の舞台と言うこともあり,とにかく立ち止まって冷静に考えると言うことが出来なかった.1秒でも立ち止まりたくない衝動に駆られ,動き続けたことがミスの拡大につながったと思う.初めての決勝の舞台でとてもいい経験が出来た.また,外国人トップ選手の決勝でのパフォーマンスには驚いた.まさに目の色が違うと言うか,予選では近く感じた走りが遠のいてしまったと感じた.これも,決勝を走ってみて経験できる要素の一つだったと思う.
●リレー【同コーストップ(1走の選手)比120% ミス率4.6% 巡航速度105.1/同走順(2走)トップ比114%】
前3レースの疲れは確かにあった.大助さんが8位で帰ってきたときは非常に興奮し,またこういうときこそ自分をきちんとコントロールするのだという戒めの気持ちがあった.私は過去すべてのWOCでリレーを走らせてもらっているが,フィンランドのWOC以降自分が納得の行く結果を出せていない.よって今年のリレーで走ることになったら,その借りを返したいという気持ちがあった.レースは前半から攻めた.攻めたけれども,視野を広く持ち落ち着き払ってレースを組み立てることは出来た.前半のループの最後に後続の集団に捕まり,ついていかねばという気持ちで走ったおかげで,足がもつれるくらいの疲れを感じた.後半のループに入り,登りの多い区間で集団のスピードが落ち,多少ついていくことが出来たが,馬力の違いか大きな登りの区間で一気に離されてしまった.それでも,マイペースを貫きベストルートをチョイスして走って行くとエストニアとロシアの選手を捕まえることが出来た.中盤では,彼らもスピードが落ちてきて容易に集団についていくことが出来た.1つのレースを通して集団のスピードは一定ではなく,我慢する所を我慢すれば自分にあった集団を捕まえておけると言うことがわかっただけでも大きな収穫であったように思う.レースにほとんどミスはなく,巡航速度もこの世界選手権期間中最高の105で走れている.
4 今後に向けて
4.1 見えてきた課題と可能性
日本チーム全体の感想はコーチ陣に譲るとして,自分の課題・可能性について考えていきたい.まず,オリエンテーリングの基本的なスキルについて,また山の中OLスピードについてイーキスにポジティブな意見をもらったとおり世界選手権で30位以内に確実に入れるものは持っていると思う.しかし,1レースならまだしも何レースも連続して体力的に良いパフォーマンスを発揮しなければならない世界選手権やワールドカップでは,基本的な体力がものを言う.そういう部分で自分はまだ,改善が出来るのではないかと思う.幸い,4月からトレーニング環境を整備しテラインがたくさんある飯能市に住むことが出来た.2003年の秋のように自転車や球技を使ってトレーニングをしっかり積むことが大事だし,最低限の準備だと思う.それから,「単純な」スピード&パワーの面に対しても改善点はある.今回コースが簡単だったリレーでは,集団に頑張ってついていくことが出来なかった.また,国内のレースでも単純に走れる区間が多いようなレースでは,最速ラップが取れない.トラックでのトレーニングの量や質を高めたり筋力トレーニングを積極的に行うことが重要だと思う.また,上り下りの走り方なども勉強する必要がある.
オリエンテーリングのスキル的な部分にも,もちろん改善の余地は残されている.ただし,細かいことをつめてミス率をゼロにしていくよりも,むしろミスをミスにしない技術(リカバリーの速さ)や2分ミスしても予選を通るようなスピーディーなオリエンテーリングを目指していくことが重要であると思う.今回予選を通過したミドルでは,目も当てられないような単純なミスをして1分ロスをしている.しかしながらボーダーではあるが,予選は通過できた.目指すべきスタイルはそこにあるのだと思う.何より,スピードを上げてオリエンテーリングをすることは楽しい.そのために体力を作っているのだと思えば体力トレーニングも楽しいものとなる.
次のデンマークは大陸系のテラインで結果に対する要因の中で走力の占める割合が大きい.あくまでも「楽しみながら」,トレーニングを膨大にこなし,スピードを高めることが出来たなら,決勝30位以内という目標は現実味を帯びものとなると思う.
4.2 雑感
西尾君のホームページを読んでいて思ったことがある.大きな大会での気持ちの面のアプローチについてだ.日本での大きな大会と比較して,自分は世界戦では割合実力を発揮できる部類に入っていると思われるが,さらにスイスチームのレポートは強烈だった.「緊張と弛緩」そのバランスが,きっと絶妙なんだろうと思う.世界選手権だからって身構えずに,自分のやってきた事出せばいいじゃん.的な考えでオリエンテーリング以外のときはオリエンテーリングをすっぱり忘れる.だからこそ,レースではすさまじい集中力を発揮できるのだと思う.そういう考え方ってなかなか出来ないのかもしれない.選手個人の性格的なものもあるだろうし,それまで作ってきたナショナルチームの雰囲気も引きずっているのかもしれない.チームビルディングとはよく言ったもので,選手が一人一人大人になって行動しないと,上手くいかないものだ.やたらハイになっても困るし,一人殻にこもられても困る.
日本チームが世界戦でいかんなく実力を発揮できるようになるためには,もしかしたら根本的なその部分から立て直さなければならないのかなあなんて思った.簡単そうだけど,なかなか出来ないことだ.1泊2日の合宿とは違って世界選手権期間中は10日間くらい一緒に行動をともにする.10日間も行動をともにすれば嫌なところだって見えてくるし,好き嫌いも当然出てくる.スイスチームはよく長期の合宿を国内外で開くと言う話を聞くが,チームビルディングもかねた「遠征の練習」なのかもしれない.いずれにせよ,この部分は一人ではどうしようもないだけに,今後みんなで話し合っていく必要性はありそうだ.







