WOC2004報告書

■WOC2003で得たもの

-浮き彫りになった課題

 スイスでの世界選手権を経験して自分の(日本人の)特性と、課題が浮き彫りになった。それは、耐久的なオリエンテーリングにはわりと強いが、細かい地形の中を高速度でナビゲーションしなければならないようなシチュエーションには極端に弱いという事実だ。そのような状況では、たとえミスをゼロにして自分が出来る完璧なレースをしたとしても、良くて予選を通過できるレベルでボーダーぎりぎりのレベルにとどまってしまう。このことはリレーについても同様で、落ちた選手を捕まえていくような日本独自のスタイルでは、トップどころか15位の壁も怪しい。世界は確実に以前より高速化しており、その高速化の流れに北欧諸国どころか東欧諸国も確実に乗っている。その流れに取り残されているのが日本という極東の島国である。その課題をどう克服していくか?これがスウェーデンにおける世界選手権の最大の課題であったといってもいい。日本チームは私が長期遠征から持ち帰った北欧でのトレーニング方法やフィンランド人プロコーチのヤリ(通称イーキス)の協力を得ながらこの点を強化していった。

-FlenでのNOC

 昨年私は教員という職をやめ、海外でのオリエンテーリングのトレーニング方法を学ぶため北欧へ長期遠征を行った。その長期遠征を行うにあたって最初に参加した世界大会がNOC(北欧選手権)であった。すでにスイスでの世界選手権代表が決定していた私にとってこの大会は自分の2003年春現在の実力を測るにはもってこいの大会であった。結果は以下にあげておく
 ■スプリント:トップ(12:31) 15:21トップ比122%
 ■クラシック:トップ(82:24) 120:00トップ比145%
 ■ショート :トップ(27:17) 36:33トップ比134%
 ■リレー  :トップ(50:30) 67:07トップ比133%
スプリントについては、ミスはなくほぼ完璧なレースといっていい。走力差、そして高速ナビゲーションの差が顕著に出てしまった。ショートに関してはコンタ間隔2.5mの超微地形地帯のテラインでひとつ大きなミスをしているがミスを抜いても125%は切れない。スウェーデンでの世界選手権は厳しいだろう。そう予想させるには十分な結果であった。

■WOC2004への準備

-目標設定

 上記の経験を踏まえた上で、トレーニングを組み立てていった。2003年9月段階では具体的な数値は出ていないが、ハイスピードでのナビゲーション、そしてリレートレーニングを通して、周りに人間がいる中でのオリエンテーリングを経験し、ほかの選手を使いながらオリエンテーリングをする技術を身に付け、同時にハイスピードのOLを身につけることが目標になった。

-体力面

 北欧の選手のトレーニング方法を参考にし、以下のようにトレーニングプログラムを作った。
11月〜2月<鍛錬期>質を重要視しつつも量を上げたトレーニングを積み体力のベース作りを行う。
3月〜4月中旬<調和期>全日本など重要な大会はあるが、鍛錬期で培った体力をオリエンテーリングにつなげるためのトレーニングを行う。
4月中旬〜5月<レース期>世界選手権の選考会に参加する。結果を出すことを目標にする。合宿もなるべく参加する。
6月〜7月<夏季鍛錬期>レースを利用しつつ再び体力の底上げを図る。
8月<調和期>OLを再びシェイプしていく。
9月<レース期>調整を行い世界選手権を迎える。

-技術面

 とにかくスピードをあげた中でOLを行えることを目標にした。それが行えるための具体的な方法(情報の取り方、現地の見方、気持ちの持ち方)を考えた。

-精神面

 大きな大会で結果を出すためには、体力的な準備、技術的な準備、そして精神的な準備の3点の準備が必要となる。それらの準備の練習として全日本選手権を設定した。また、その他に今回の大会では仕事の都合もあり世界選手権直前に現地入りしなければならないことから、ほかの選手に遅れをとっているのではないかという自己懐疑の念をもたないように勤めた。

-各期間への評価

9月−10月:レース期。日本でのレース期
11月−2月<鍛錬期>
質もある程度確保しながら量を上げる。山岳耐久レースによる腸径靭帯の故障の影響もあり12月、1月は自転車やクロスカントリースキーを利用してトレーニングを行った。いろいろな動きが行えるという利点でサッカーも数多く行った。左右の動きとダッシュ力を徹底的に鍛えるため2〜3人でオープンスペースにパス回しをするなどの方法をとった。非常に強い負荷で長時間動けるため良いトレーニングになった。
3月−4月<調和期>
全日本選手権で結果を出すことが出来なかった。新しい環境・職場でモチベーションの低下を感じた。富士や愛知での合宿への車移動に対する精神的・肉体的な疲れがあり、腰の強烈な痛みに襲われた。個人コーチに愚痴をもらすことも多々あり、不満を聞いてもらうだけでも心が休まった。トレーニングは続けてはいたが、日本代表になろうというような気持ちは正直言ってもてないほど疲れていた。
5月<レース期>
NT合宿が数多く設定された。セレクションレースがあり、少しずつ結果が出始める。イーキスの来日によりモチベーションが上昇する。合宿は非常にシステマチックに進められ、体力の回復を促しつつも負荷の高いトレーニングを長い期間にわたって行うことができた。トレーニングや理論についてのセッションも多く開かれた。
6月−7月<夏季鍛錬期>
各種大会を利用しながらトレーニング量を上げる。山形の大会、長野でのロゲインなども持久的トレーニングとして活用。6月のOLで散漫になった技術から7月に入って具体的な改善点が見つかる。他の日本人選手がスウェーデンででトレーニングキャンプを張る中、試験もあったが、国内残留組で自主トレキャンを行う。ロブにメニューを組んでもらい直進の精度を高めたり、スウェーデンのテラインの具体的な走り方について勉強会を開く。7月の後半から腰の痛みが再発。ストレス面のマネージメントの重要性を感じる。
8月<調和期>
足底筋膜炎がおきスピードメニューが頻繁にはこなせない中、イメージトレーニングを最大限に利用。イメージトレーニングでは世界選手権期間のレースの良いイメージをシナリオの形で書く方法と、それぞれのレースをシャドーオリエンテーリングの形で行う方法をとった。後者は、オリエンテーリングの具体的手続きをイメージと絡めながら地図を持って行った。量的には多くをこなせないが、その分技術的な部分へのシフトに成功した。
9月<調整+WOC>

■疲れへのマネジメント

 4月からの準備で一貫して感じたのは疲れへの対処をどう行っていくかであった。走るトレーニングを連続でこなしていくとどうしても同じ個所に疲れがたまり、それが痛みへと変わってくる。また、長距離の車運転によって腰や精神への負担も大きく結局現在も改善策を模索している。実感としては、マッサージよりも寝る前の入念なストレッチングが自分には向いていると感じた。翌日の疲れに差を感じるのでこの方法は以降も使えるのではないだろうか。7,8月の疲れによってごまかしごまかししかトレーニングできなかったのは残念だが、ギリギリの状態でトレーニングできていることの裏返しでもあると思う。

■WOC本戦(各レースへの評価)

11日:
晩にスウェーデンに到着した。その日は何も考えられないくらいに疲れすぐ寝る。
12日:
午前中にミドルのモデルテラインに入る。あらかじめイーキスと決めておいたメニューをこなす。コンタ間隔2.5mのテラインだが、対応はわりとスムーズに行える。イーキスにイージーだったと説明すると、それならもうテラインに入る必要はないとアドバイスされる。
13日:ミドル予選[左スプリットチャート:黄色・高橋、青ボーダ/右HRグラフ:150-200回/分]

 今年初めての外国の選手とのレースだけに気持ちは高ぶったが、気持ち的には日本でレースをしているように走ろうと決めていた。つまり、優勝を狙う積極性を忘れず自分をきちんとコントロールするような気持ちを持っていた。しかし、なれない速い外国の選手との同時スタートと、必要以上に完璧に地図と対応させようとする気持ちからか、現在地を確定できなくなり、それでもあいまいなまま走り続け現在地がまったくわからなくなってしまった。結果として1ポで5分のミスをした。1ポ以降は絶対にあきらめないという気持ちと、思い切り行こう!という気持ちを持って走れた。途中リトアニアの選手と2レッグ走ったが、3位通過をしたその選手と同じスピードで走れたことは自信になった。テラインについては、去年のフィンランドでのトレーニングの成果が出たと思う。スプリットチャートを見てもわかるとおり1ポでのミスを除けば、8位で予選を通過できるレベルの走りは出来ていた。ボーダーぎりぎりではなく余裕で通過できるレベルの走りが出来たことは非常に自信になった。つまり、世界のファイナリストの走りは出来ていたといえる。難度の高いテラインでの走りには自信がもてた。全体としてトップ比133%だが、ミスを除くとトップ比114%であった。

15日:スプリント予選[スプリットチャート:黄色・高橋、青ボーダ]

 スプリントは自分でも自信のある種目であった。特に技術的難度が高くなれば高くなるほど、判断の早さが必要になればなるほど良い結果を出す自信があった。イーキスには最初の数レッグを気をつけるようにだけ言われた。決勝にいけるポテンシャルは十分に持っている。そういうアドバイスを受けた。アドバイス通りはじめの数レッグを集中してこなし、ビジュアルまで同時スタートの選手とほぼ同じタイムで走れていた。ビジュアルでの単純に走る区間の後で多少息切れした部分は否定できないが全体としてミスらしいミスもなく(ミス率6.1%)全体を走り終えた。走り終えた直後は満足感と追い込みすぎによる胸の苦しさでいっぱいいっぱいであったが、ぎりぎり予選を通過できなかったという結果を聞いて涙が出た。

 結果的に20秒もボーダーから離れた。トップ比115%の走りが出来たことはNOC(北欧選手権)の結果から比較しても良くやったといえるが、予選を通過できなかったのはショックだった。この差を埋めるためには単純な走力のアップ。また、藪を切ったり岩場を走ったりの「思い切りの良さ」が必要だと感じる。

19日:リレー[HRグラフ:150-200回/分(前半は上手くデータが取れませんでした)]

 イーキスからリクエストされた3つのイメージを作っていた。1つ目は、大集団で1走が帰ってきた状況。2つ目は小集団で1走が帰ってきた状況。そして3つ目は一人で大きく遅れて1人で帰ってきた状況である。それぞれの状況の走り方としては、1については集団についていきながらも冷静に前の選手を見ることが必要。コントロールで3秒とまっても前の選手に追いつくのは容易であるので、どの方向が一番いい方向なのかを冷静に見極めながら走ること。集団を掌握し自分のレースをすることが大事である。2については自分と同じコースの選手がいる可能性が低くなるので集団を利用しつつも、コントロール周りでは自分でレースをすることが重要になる。3についてはいつものレース以上にセーフティーにレースを組み立てる必要がある。リレーで重要なのは、大きく遅れるという事態を招かないことだ大きく遅れなければ、上から落ちてきた選手を拾ったり、したからペースを上げてきた選手を拾って再び集団を形成できる。リレーにおいては、集団で走ることが重要なスキルなのである。自分としては前の2つの状況が理想的だと考えていた。この状況の中で、レースをするためにこの1年間やってきたのだ。ただ、3の状況もないわけではない。3つの状況をイメージしつつリレーの日を迎えた。

 結果的に日本チームは3の状況で1走が帰ってきた。自分としては、個人性のようなセーフティーなレースをするつもりであった。日本チームの前にはイタリア、アイルランド、カナダなどいつもの顔ぶれが並んでいた。カナダが1分前にスタートしカナダを追う形で日本チームはスタートした。1ポでカナダを捉え冷静にそしてセーフティーに2ポへの脱出を図った。2ポへ向かう途中の道走りで、抜いたはずのカナダが前を走っていた。今考えると、この時点で自分の中で何かが狂ってしまったのかもしれない。その後のレッグは少し直進をはずす程度でこなしたが、その後の少し長めのBハッチ地帯切るような難しいレッグで、そのミスは起こった。目標物考え、それに向かって直進してはいるが足場が悪くて正確な直進が出来ない。しかし、方向はなんとなくあっているから走り続けてしまう。歩測がアラームを鳴らしているが、どこにいるのかわからないので止まれない…。そんな状況に陥ってしまった。結果的にそこでのミスは、最小限にとどめずいぶん前を走っていたUSAとポルトガルを捕らえることは出来たが、そのあとリズムを狂わせてしまった。そういうOLで前の選手に追いついてしまったことが、そのOLを改善する隙を与えなかった理由かもしれない。結果的にその後3つの大きいミスをし、順位を落とすことはなかったが上げることは出来なかった。

■雑感

 今回の世界選手権は日本チームにとって、そして自分にとってどういう成果を得ることが出来たのだろうか?少なくとも自分にとっては価値あるものであった。4月から環境(特にすむ地域)が変わり、以前よりも多くの労力とお金がかかる中で多く合宿に参加し、結果は伴わず、そして腰を壊しどん底の状態を経験した。コーチにはずいぶん迷惑をかけてしまったと思う。教員採用試験の結果待ちなどもあり、補欠の選手もやきもきしていたかもしれない。自分自身も「世界選手権に参加できたとしても大会期間中だけ」といった状況に漠然とした不安を抱かずにはいられなかった。2001、2003と最大限の準備をして向かえた世界選手権に迫れるだけの結果をこの状況で出すことは出来るのだろうか?そういった気持ちが不安を増していった。結果的に準備したなりの結果は出たと考えている。それは去年の北欧選手権の結果との比較でも明らかだし、一応の方向性は間違いないものだと感じた。


(左:鹿島田選手とイーキス、右:リレーのラストスパート)

 イーキスが日本のコーチに就任したことによるメリットは計り知れないものがある。彼は日本チームを良く知っているし、どうすれば世界で結果を出すことが出来るかのビジョンも持ち合わせている。漠然と不安を抱えながら試行錯誤を繰り返してきた日本チームにとって道筋を与えてくれる存在があるだけでも、コーチ陣も選手も安心感を得ることが出来る。トレキャン中のメニューは参加することが出来なかったのでわからないが、5月に行われた合宿でのメニューは我々が世界選手権に望む上で、また、これから世界と戦っていく上で必要な内容がふんだんにちりばめられていた。我々はそれを選手それぞれの責任のもと内部資料としてまとめ、現在すべてのナショナルチームの選手がそれを持っている。そして、それを個々のトレーニングの中で生かしていると思う。世界選手権期間中の彼の活躍も意義があったと思う。競技情報はもちろんのこと、レース直前のアドバイスなどただ単に「がんばれよ」ではなく具体的な指示が出来るところが、彼の強みだ。選手からの信頼も厚い。


(決勝に進出した宮内選手(左)と山口選手(右))

 女子選手の今回の躍進は日本チームにとって大きい。女子選手に関しては男子選手よりも低いボーダーラインで予選を通過できる傾向がある。つまり、男子よりもトップ選手との差が大きいのだ。スプリントで言うと男子に関してトップ比114%でも予選を「通過できない」のに対し、女子はトップ比124%でも予選を「通過できる」。そういう意味では来年の世界選手権を見越した上で女子選手は自信を持っていいと思う。走力面を徹底的に強化し、マススタートでのスピードのあるオリエンテーリングトレーニングをつむことが大切だろう。そして、その実力をいかんなく発揮するために国際大会での場数を増やさなければならない。世界選手権だからといって萎縮したレースをしても結果は必ずしも伴わない。のびのびとオリエンテーリングができる、そういう気持ちを持つことが結果へダイレクトにつながるだろう。このあたりはメンタリティーの問題でもあるので、改善は必要だ。

 男子選手については、スプリントで決勝進出という結果が出たものの依然として課題は多い。トップ比114%でも予選を通過できないという数値は悲観を予想させる数値であるが、私はそうは思わない。トップタイムとの比が小さいということは数秒または数分縮められればそれだけダイレクトに高い目標に到達できるのだ。この点は女子よりもクリアにしておいたほうが良いだろう。ミドルに関して、私はファイナリストに相当する走りができた。8位通過のタイムである。またそれより90秒遅ければ予選落ちというシビアな数値でもあり男子選手の求められている世界が垣間見れるのではないだろうか?


 来年に向けて、日本チームが成果を上げるには何が必要だろうか?強化の方向性は間違っていないと感じる。それでは、我々に必要なものは何か?それは連続した国際大会への経験ではないかと思う。ずいぶん日本チームの体制も整いアジアにおいては、並ぶ国がないといっては過言ではない。選手は個々に自立し世界選手権の経験を次に生かそうとして報告書を書き、そしてその反省を生かし実践してきた。しかし、世界選手権から次の世界選手権の1年間で再び日本でのオリエンテーリングに慣れてしまうのも確かなのである。国内のレースの盛り上がりは確かにあるが、数秒差が結果にダイレクトにかかわるようなそういうレースは国内ではない。選手個々がシビアなレース感を持ってトレーニングすることが必要だ。飼いならされてはいけない。結果と過程は別々に評価されるべきものなのだ。別にヨーロッパに長期滞在する必要はない。年に2回でも3回でもいい、ヨーロッパが遠かったらウラジオストックでもいい、シビアなレースを数多く経験しその状況を日常化することが必要ではないだろうか?選手にとって世界選手権は特別だ。しかし、だからといって「特別な」走りをする必要はまったくない。いつもどおり走るしかないのだ。長いスパンで目指してきた大会で、しかもその大会(レース)は1本しかない。ミドルなら30分しかない。365日をその30分で評価されるかのように選手がプレッシャーを感じているとしたら、それがパフォーマンスを停滞させている要因かもしれない。もっと自信を持っていい。その「自信を築くこと」が日本チームにとって本当に必要なのだ。


 自分は来年、表彰台に立つ。だからトレーニングをする。できる限り最大限の努力を惜しまない。すごく単純で当たり前のことだ。。。